珍しい本に出会いました。ドイツのメルケル首相が長年にわたってキリスト教関連の大会・会合で語った講演やインタビューをまとめたものです。東ドイツでプロテスタントの牧師の娘として育った背景からか、政治家でありながら、信仰という強い基盤を自分の中に持っていることがヒシヒシと伝わってきます。「神を畏れる・神の前にひれ伏す」といった感覚を持つ政治家がいることに驚かされました。キリスト教的な人間観に基づき、あらゆる人々の尊厳を守ろうとし、被造物(この言い方がまずキリスト教的)に対する責任を全うしようとする姿勢に圧倒されます。

 メルケル

訳者(松永美穂)のあとがきが、私の感想を正しくしてくれているので、そのまま紹介します。

「メルケルの信仰と向き合う機会を得て、彼女に対する尊敬と親愛の気持ちが増した。・・・ヨーロッパの社会と文化の根底にキリスト教があることを、あらためて認識せずにはいられなかった。・・・キリスト者としての自分のアイデンティティを大切にしつつ、イスラム教徒も排除しない。彼女にとっての自由とは、何でもやりたい放題の自由ではなく、他者との共生に基づく責任のある自由である。こうした理想主義・人道主義が、現実の政治とどうバランスを保ちつつ発揮されていくのか、今後も注目し続けたいと思う」

印象的な発言が数多くあるのですが、その一部だけでも紹介しておきたいと思います。

*「人々は、自分たちが神の被造物であり、被造物としての生を地上で形作るという理解が欠かせない。」

*「神を信じる人間として、全能者でありたいという欲望に決して陥ることなく、自分が引き受ける課題のなかに「へりくだり」も含まれているというのは、政治の世界ではとりわけ重要なことだと思う。」

*「ヨーロッパ人としてのアイデンティティは大部分においてキリスト教的・・・神の似姿として人間を理解するキリスト教は、国籍・言語・文化・宗教・肌の色・性別などによらない、あらゆる人間の平等を伝える。」

*「自由は無制限ではなく、他者の犠牲の上に成り立つことは許されない。相手のことを考えるならば、自由の概念には自動的に自己と他者への責任も伴う」。

キリスト教に限定することはありませんが、神への信仰をこれほど真摯に語ることの出来る政治家がどれほどいることか。政治的権勢が(健康も)下降気味のメルケル首相ですが、彼女のように、強い良心に基づいて政治に取り組むリーダーが現れることを願わずにはいられません。