一昨年まで長くシリーズで続いた高田郁の「あきない正傳」の特別巻(特別編でない表現ですね)が昨年夏に刊行され直ぐに購入したのですが、それは上巻で、次の春に下巻を予定しているとのことだったので、読まずに大切に積ん読くだけで我慢していました。その下巻が今月出版されたので、2冊(上巻『契り橋』、下巻『幾世の鈴』)を続けて読んでの感想です。
シリーズ本編は次々と降りかかる商売上の困難に立ち向かう主人公(幸)の知恵と工夫の物語でしたが、この特別巻は主人公(幸)を取り巻く人物を多く取り上げた短編連作集です。幸の二番目の夫や、彼女を支える多くの奉公人や親しい友人・知人、上巻の終わりには幸を長年慕い続けてきた賢輔が幸と結ばれ、更に下巻の最後は幸が、なんと還暦を迎える時点でのエピソードなどなど、大きな事件を盛り込まず、優しい人々にまつわる心暖まるエピソードが、幸が江戸に出て以来の長い時の流れに沿って展開されます。シリーズ本編にあったスリリングな要素はありませんが、上下巻にある8編、どの作品にもほんのりと心が暖まる(些細な嬉しさ、ちょびっとだけ暖まる嬉しい感覚)場面がいっぱい。また毎度ながら素敵な台詞も満載です。
「ふたりは暫し口を噤んで、静かにお茶を啜る」
「言の葉を手繰り寄せる」
「一片の曇りもない御空色(みそら色)、隅々まで優しい青が広がる」
「互いに寄り添って生きられる、共に手を携えて齢を重ねられることを有難く想う」
上下巻ともハイライトは終わりの部分。上巻では、結婚を約束した後での一文「金波銀波の煌めく中、向こう岸とこちらとを繋いで、弧を描く美しい橋。ともに架ける橋を、ふたりして見ていた」高田郁の作品に常に横たわる”穏やかな優しさの中に感じる人としての喜び”が表現されていると思いました。
最後のページにシリーズ名の「あきない正傳」の言われが紹介されていました:正傳とは「後の世に伝えるもの」だと。なあるほど・・・五十鈴屋の店訓の命名です。
シリーズ本編とは一味違う中にも著者の心優しさが溢れていて、登場人物たちと共に喜ぶことの出来る読書と言えます。最後にあとがきで、著者(高田郁)が新しいシリーズを始めたい題材があると明言しているので、この先にも楽しみを期待できそうです。