気ままな独り言 (2)

思いつくままに、気ままに書き留めるブログ by 団塊世代シニア  http://blog.goo.ne.jp/shikohra から引越して来ました(2015年5月)

読書

高田郁近作「あきない正傳・特別巻」上・下2冊

一昨年まで長くシリーズで続いた高田郁の「あきない正傳」の特別巻(特別編でない表現ですね)が昨年夏に刊行され直ぐに購入したのですが、それは上巻で、次の春に下巻を予定しているとのことだったので、読まずに大切に積ん読くだけで我慢していました。その下巻が今月出版されたので、2冊(上巻『契り橋』、下巻『幾世の鈴』)を続けて読んでの感想です。

表紙
シリーズ本編は次々と降りかかる商売上の困難に立ち向かう主人公(幸)の知恵と工夫の物語でしたが、この特別巻は主人公(幸)を取り巻く人物を多く取り上げた短編連作集です。幸の二番目の夫や、彼女を支える多くの奉公人や親しい友人・知人、上巻の終わりには幸を長年慕い続けてきた賢輔が幸と結ばれ、更に下巻の最後は幸が、なんと還暦を迎える時点でのエピソードなどなど、大きな事件を盛り込まず、優しい人々にまつわる心暖まるエピソードが、幸が江戸に出て以来の長い時の流れに沿って展開されます。シリーズ本編にあったスリリングな要素はありませんが、上下巻にある8編、どの作品にもほんのりと心が暖まる(些細な嬉しさ、ちょびっとだけ暖まる嬉しい感覚)場面がいっぱい。また毎度ながら素敵な台詞も満載です。

「ふたりは暫し口を噤んで、静かにお茶を啜る」

「言の葉を手繰り寄せる」

「一片の曇りもない御空色(みそら色)、隅々まで優しい青が広がる」

「互いに寄り添って生きられる、共に手を携えて齢を重ねられることを有難く想う」

上下巻ともハイライトは終わりの部分。上巻では、結婚を約束した後での一文「金波銀波の煌めく中、向こう岸とこちらとを繋いで、弧を描く美しい橋。ともに架ける橋を、ふたりして見ていた」高田郁の作品に常に横たわる”穏やかな優しさの中に感じる人としての喜び”が表現されていると思いました。

最後のページにシリーズ名の「あきない正傳」の言われが紹介されていました:正傳とは「後の世に伝えるもの」だと。なあるほど・・・五十鈴屋の店訓の命名です。

シリーズ本編とは一味違う中にも著者の心優しさが溢れていて、登場人物たちと共に喜ぶことの出来る読書と言えます。最後にあとがきで、著者(高田郁)が新しいシリーズを始めたい題材があると明言しているので、この先にも楽しみを期待できそうです。

『天才建築家ブルネレスキ』(ロス・キング著)

インタネットでフィレンツェのDuomo(Santa Maria del Fiore)の説明動画を見ている時に、Ross Kingという名前と彼の著作を知り、アマゾンで検索したら中古本として出品されていたものを入手できました。著者はイギリスの歴史家・歴史小説家で2000年に出版された原本を、日本で2002年に翻訳出版されたもので、歴史ノンフィクションといった作品です。Duomoについては以前から何度か説明を聞いたことがあるのですが(授業やビデオで)どのように作られたのか、イタリア語だったため良く分からないままでした。それだけに日本語に翻訳されたこの本の副題「フィレンツェ・花のドームはいかにして建設されたか」がとても魅力的で、購入した次第です。

BR表紙
英語での原題は「ブルネレスキのドーム:ルネッサンスの天才はいかに建築を再生させたか」で、ブルネレスキの伝記的な要素を散りばめながら、クーポラの建築を追いかけていくもので、興味深く読みました。

仮枠・迫枠・木枠などの支えなしにどうやったらクーポラが作れるのかという点に興味があったのですが、残念ながら分からず仕舞いでした。唯一、煉瓦の縦積みを混じえて矢筈模様(ヘリンボーン柄状)に組み上げることで、仮枠なしでレンガを積んでいくことが可能になったらしいということだけは理解しましたが、それ以上については、詳細な説明はあるのですが、文字ばかりで図柄が少ないので・・・(という言い訳かな?)

その一方で、頑固者、偏屈者で、極端な秘密主義だったとかで(レオナルド・ダ・ヴィンチのよう)彼自身の手になる記録文書・資料がないことも知りました。その性格ぶりが、フィクションも交えているのかもしれませんが、人間らしく描かれていることは面白かったです。

そして、クーポラを作ったというだけでなく、作るために必要となった様々な機械・工具・装置などを彼自身が発明し作ったということを知り、ブルネレスキの偉大さを改めて感じもしました。歯車と滑車などを組み合わせた巻き上げ機など革新的な機械装置を始め、大理石の運搬船まで設計までしたとか。それらについては図柄が現存しているとかで興味を惹かれました。

設備.1JPG   設備2

全体として、資料を読み込んで物語に仕立て上げた点が、塩野七生の「ローマ人の物語」を思い起こさせるものがありました。このタイプの著作が大好きなので大いに楽しめた作品でした。

『妻に稼がれる夫のジレンマ』(小西一禎著)

私が関心深い多様性・ジェンダー問題について、題材の当事者が書いた著作を取り上げた新聞の書評に惹かれて飛びついた本です。その書評とは:

・妻の海外転勤に同行するため勤め先を休職或いは退職し、現地で育児や家事に専念する夫たち”駐夫”(著者が命名)へのインタビューを通じて、男性の心に潜む性別役割を浮き彫りにする

・稼得能力への過剰な意識が長時間労働を招き、男性の生きづらさに繋がっている

・帰国後の夫たちの働き方の価値観が変わり、古いジェンダー観や日本型雇用慣行の呪縛から解放された、新たな男性像がある

表紙
本のタイトルよりも副題「共働き夫婦の性別役割意識をめぐって」の方が本の全体を的確に表していると思います。読んでみて十分に納得、本の紹介はあの書評だけで十分だと思うのですが、特に印象的だった指摘をいくつか挙げます:

・稼得能力が重要視される日本社会で使われる”男の甲斐性”という言葉

・性別役割意識が変わらない中で甲斐性、男の沽券、女房のヒモなどの旧態依然とした言葉が消えない

・性別役割の古い考え・偏見は社会全般のもので、女性にもあり。

・仕事よりも家庭・育児を優先する欧米の人生観

・同質性を重視する日本社会 vs. 個性を尊重する欧米社会

インタビューした”駐夫”経験者は10人ですが、渡航前のキャリア、渡航の形態(休職・退職)、滞在中の過ごし方、等々、それぞれ違いがあるものの、帰国数年後には全員、満足のいく仕事・生活を実現していることから、限られた調査ですが、”駐夫”経験が有用、価値あるものになりうると頷けます。


後半には”駐夫”ではなく、日本在住のままで「夫よりも稼ぎの良い妻」をもった男性を、ここでは二人の当事者インタビューから考察しており、緊張感のあるライバル関係と良好なパートナーシップ関係の維持・両立が課題だとし、新たなカップル像として例示されているのも興味ありました。


駐夫10人と稼ぎで逆転された夫2人のインタビューを通して、著者は、彼らが男らしさ・男性性に呪縛されていた様子が潜んでいたと考察していますが、そういった家父長制から脱却するために男性たちはどうしたらいいのか?稼得能力の高さこそ男の象徴という見方、男の存在意義とは何か、夫婦間に上下・主従関係はあるのか等々、様々な視点が提示され、考えさせられます。

インタビューした12人がどうやって旧態依然の男性性の呪縛から解き放たれたかについての点がイマイチ明確でないのですが(インタビューで引き出しきれなかったのでしょう)、彼らは全員が妻のキャリアを大切に考えていて、それが一番の土台になっていて呪縛性を乗り越えられたのではないかと推測しています。夫婦がお互いを尊敬し合い、共同でキャリアを形成していくという新しい考え方が窺えると。ジェンダーギャップ指数の低い日本を変えていく中で、少人数に限られたインタビューとは言え、新しい考え方の先駆者たちとも言える男性たちを取り上げ、紹介したことに、この本の価値があると思います。巻末で著者曰く「男性一人ひとりが新たなことに踏み出せば、何かが変わっていく。それこそが、ジェンダー問題の解消に向けて、駐夫を経験した私からの提言である」と。他人事ではなく、自分事としてだと。社会変革の中での重要要素としてのジェンダー問題を珍しい切り口で取り上げた、興味深い作品でした。

『世界中から人が押し寄せる小さな村:新時代の観光の哲学』(島村奈津著)

イタリアの新しい流れを取り上げたノンフィクションをこれまでにも何冊も書き下ろし、そのどれもを楽しく読んだ著者の近作をAmazonのお勧めで見つけ、即、購入した本です。

アルベルゴ・ディフーゾで再生した村の成功物語と思って手にしたのですが、一つの村の紹介でなく、それ以上に深い洞察のある著作でした。副題にある「新時代の観光の哲学」、これがテーマのようです。著者曰く:”観光というものに対する考え方の変化の一つの現れがアルベルゴ・ディフーゾではないか”。後半まで読み進めていて気がつきました。

1_表紙
今回のノンフィクションの主人公は1966年ミラノ生まれのダニエーレ・キルグレン。資産家の御曹司だが幼年期の両親の離婚以来、穏やかな生活ではなかったと。HIVに感染し新薬で発生を抑えているが持病(HIVポジティブ)を抱えながら、この本で取り上げたサント・ステーファノ・ディ・セッサニオというイタリア中部アブルッツォ州の山間の小さな村でのアルベルゴ・ディフーゾを見事に立ち上げた事業家。ダニエーレへのロング・インタビューが言わば第一部です。彼によるとイタリア人には二つの傾向があると:

・より新しいもの、より進化したものに傾倒する傾向

・貴族や皇帝、教皇といった特権階級が生み出した美に傾倒する傾向

その狭間で見落とされてきたのがマイナーな文化遺産と呼ぶ自然と親和性の高い山の暮らしだと。

2_村全景
戦後の復興ムードで重視されたのが”古代ローマとルネッサンスを再度”との偏重した思い。その一方で山村の城塞集落や庶民たちの暮らしの文化は顧みられなかったが、彼は特権階級のための美とは別に、庶民の暮らしの中にある建築物に存在する美にも文化的価値があり、マイナーな文化財には自然と親和性が高いと考える。大好きなTV番組「イタリアの小さな村の物語」を思い起こさせられました。

3_1風景1  3_2風景2
ダニエーレから始まったインタビューの輪が、彼の母親、事業仲間、経営支援者などへと広がっていきます。彼らが金銭的な苦労を覚悟の上で、地域の文化・環境・歴史・生活を守ろうと頑張る人々(若者から高齢者まで)であり、アルベルゴ・ディフーゾは、それら守る対象の全てを包含するプロジェクトであり、その価値を広く伝えたいと願っている人々がこの本の主役のように思えました。山村の伝統を守る人たちであり、農村回帰を進める人々として紹介されたのが、元民俗学者で今はアルベルゴ・ディフーゾの宿の支配人のヌンツィア、元橋梁エンジニアで村出身のレンズ豆農家のエットレ、ロッカ・カラッショの古城の集落で機織りするローマ出身都会人のヴァレリアなど。経済的には困難だが、地域の文化を守りたい一心が彼らの共通項だと著者は言います。

日本の過疎・絶滅危機集落という言葉や、イタリアの廃村・半廃村という表現は、故郷の山村で暮らし続ける人々の文化と、その暮らしが支える環境保全というものに価値を置かない、冷たい行政用語ではないかとの著者の指摘に強い説得力を感じました。島村奈津のノンフィクションは、いつも、日本との対比を無言の背景としながら、イタリアでの取り組みを丁寧な取材を通して伝えてくれる作品で、どれも興味深く読んでいます。イタリアものの本は昨今多数出版されますが、その出来栄え(本購入のROI)は書き手次第の要素が大きい中で、彼女は安心して購入できる作家だと思います。

映画&本『弟は僕のヒーロー』

このタイトルは映画と本の二本立てです。ダウン症の弟とその兄の実話物語なのですが、始まりは18歳の兄が作った5分ほどの動画。弟であるダウン症の12歳の少年がスーツに蝶ネクタイ姿、アタッシュケースを提げて面接試験を受けるというショートムービー(Una semplice intervista)を、世界ダウン症の日に合わせてYoutubeで公開されると大反響を呼んだこと。

1_1Youtube動画 1_2Giovanni
https://www.youtube.com/watch?v=xVttizKO7Ds

それを受けて、弟の生まれる前から現在までの家族の物語、自身の心の葛藤などを綴った兄の本が『Mio fraterro ricorre i dinosaui (直訳:僕の弟は恐竜を追いかける)』として翌年出版され、日本では2017年に『弟は僕のヒーロー』との邦題で翻訳出版され、昨年末に文庫化されたと。

そして、その2年後の映画化されたものが、今年やっと日本で公開されるという流れです。

3_映画トップ

私はSNSで映画を知り、映画のサイトからオリジナル動画と兄の書いた本の存在を知り、早速アマゾンから入手しました。原作を読んだ後で映画を観るとがっかりすることが多いので躊躇いましたが、待ちきれず、原作の本を読んでしまいました。

2_表紙
文句なしに楽しい本です。弟が生まれる前、母親に妊娠が分かり3人の子供(長女、長男、次女)に告げる場面から始まるのですが、それが何と、駐車場の車の中、実話ですが面白い家族。続いて、出産前にダウン症で生まれることが分かり子供たちに告げる、やがて弟の誕生、不思議な思いで迎える兄(著者)、数年が経ち、中学生の兄がダウン症の弟を恥ずかしく思い同級生に隠す。その辺りの心の葛藤は文筆家でない素人(兄)ならではの素直な表現で描かれているのが納得できます。ふとしたきっかけで、弟がダウン症であることを、というより弟をあるがままに受け入れられるようになる、そこで兄の心が解放されるという流れで、私も読んでいてホッとしました。最後は弟の良さを間接的に表現する超短編映画(ショートムービーと呼んでいますが)を制作するところまで。一気読みさせられる内容でした。

今月中に映画を観に行く予定ですが、今から楽しみです!

ギャラリー
  • 高田郁近作「あきない正傳・特別巻」上・下2冊
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